_溺れる。圧倒的な渦の中心に、海に、引き込まれて行く。
何の面白味も無いモノクロの現実とは打って変わって、赤いヘッドフォンの内では激動の波が私を揺さぶる。
…片耳ずつイヤホンを分ける街の恋人達に、ふと劣情を零す。
イヤホンって便利だよね、といつか君は笑っていた。
同じ音楽を分け合えるから、同じ”今”を共有出来る。
有線であれば尚更、二人の間を繋ぐ事が出来ると。
…分かってる。音を封じ込めるこの赤が、孤独の象徴にすぎないって。だからこそ、君が去ったあの日に、私はこのヘッドフォンを買った。
もう君はいないから。
イヤホンの片割れを耳に、笑いかけてくれる事も無いから。
「…ハハッ」
静かになったヘッドフォンを外して、見上げた品川のビル群に歪んだ笑みを零す。
…ねえ、君は今、何を見ているんだろう。何を聞いているんだろう。
雑音と喧騒の溢れる大都会、私は君だけを待ち続けているのに。
__全部全部、色褪せてしまった。
だって、ほら…何も、聞こえない。
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