十月中旬の金曜日。別に行きたい訳でもないけれど足が向く場所がある。大学に入ってから欠かさず行ってるものだから、教室からの道のりならば目隠しをしていても行けるんじゃないかと思っているほどだ。友人がいない訳じゃないが、多いとは言えない私にとって時間を潰す場所というのはそれなりの意味を持つ。例えば大学と最寄り駅の間にある喫茶店とか、正しく今向かっている図書館なんかだ。
別に本がそれほど好きな訳じゃない。ただ、周りの皆のように携帯ゲームをやったりとか、ファッション誌を読んだりするよりもマシってだけで。それでも定期的に向かうのが喫茶店じゃなくて図書館になっているのは、美しい金木犀の通り道に惹かれているに違いない。別にオシャレを気取っている訳じゃない。証拠にとでも言うべきか、私の身なりは年齢相応と言うには手抜きが過ぎた。長く伸ばした黒髪を手入れしているのは高校から着ている服を着回すため、と聞いたら少ない友人達すらもドン引きするだろうか。そんな暗い思考に頭が支配されていた所に美しい黄色が目に飛び込んでくる。本当にこの黄色の一本道は美しい。華麗に花開く香りに身を寄せて、一通り楽しんだところで図書館の自動ドアをくぐる。私がこれだけ好きなのに長居しないのはきっと飽きてしまうことが怖いのだろう。結局は根が暗い小心者なのだ。いつの間にか指定席になった窓際左から三番目に腰を下ろす。読む本は適当におすすめコーナーから拾ってきた。
主人公の名前をようやく覚えたくらいの所で隣の席に陰鬱な雰囲気の男性が座る。実際のところ、他にも空席はあるのだがこの男性はいつも隣に座る。肌寒くなってきたが暖房の未だ入らないこの図書館では窓際の陽当りの良い席は人気なのだ。かく言う私だって理由は暖かいの一言に尽きる。彼とは会話したこともないが奇妙な親近感を感じていた。こう言っては彼に悪いが、容姿を見るに私の同類のように思えたからだ。きっと彼も少ない友人の授業が終わるのを待っているんじゃないだろうか。彼もまた手に取る本は適当なようだったし、最後まで読み切っている所を見たことがなかった。
陽だまりの中での読書会は気持ちが良いもので今日はそれなりに読み進めた。このサスペンス小説は中々面白かったし、次に来た時に見つけられたら続きを読んでもいいかもしれない。そろそろ友人の履修している授業が終わる時間だ。私が帰り支度を手早く済ませて立ち上がると、隣の彼も時間が来たようだった。きっと同じ大学だろうし、終わりのタイミングが被るのもいつものことだった。しかし、本を返す段階で彼をいつも見失うのだ。彼は別の出入り口から帰るのだろう。そんなことを考えていたからか、彼と目があってしまった。私はなんとも言えない気恥ずかしさを感じて、会釈だけすると足早に立ち去る。その時、彼の声を聞いた気がして咄嗟に振り返る。しかし、そこにはもう彼の姿はなく、私はいつも通り返却コーナーに本を積んで金木犀の匂いに誘われることにした。「あと三回くらいかな……」と呟く男が本棚の陰から見つめているのに気づかないまま。
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