『旅人としゃべるコンパス』

 口出ししてくるコンパスというものは実に厄介だ。私は気球に乗って空を翔ける旅をしているのだが、やつはいつも私が行きたい場所とは別の場所を示してくる。「私は宝島を目指しているのだ」そういってもたどり着くのはいつも変哲のない集落や無人島ばかり。そんなことの繰り返しで私の壮大な旅の計画は一向に先に進まない。もう、うんざりだ。
 私はコンパスの隙きを見計らい、そいつをはるか真下にある地面へと放り投げた。これで静かになった。これからは私の好きなところへ飛んでいける。自由と希望で私の気球はより一層高度を増した。

 始めはそれが素晴らしいことだと思った、開放され自由を手にしたのだと。しかしあのコンパスがいないせいで、向かうべき方角を見失ったことに私は気づいた。最初はそれでもいいと思った。自由とはそういうものだと考えることにした。しかし時間が経つと、こんどはカラスが気球に襲いかかってきた。始めはただの一羽がぶつかってくるだけで、そんなことでは気球はびくともしなかった。しかしそのカラスは一旦引いたかと思えば、仲間を連れて大群で襲いかかってきた。もうナメてはかかれない。私は避難所を求めて周りを見渡した。

 固い箱の中、灰色のジャングル、生ぬるい風の吹く雑木林。この世界には安全と言われる場所がたくさんあると言われている。だがコンパスを失ったために、私はそれらがどこにあるか見つけることができなかった。荒れ狂う底なしの海の上に追い込まれた私は、一か八かカラスの群れと戦った。しかし、やはりというべきか私に勝ち目はなく、気球はあっという間に穴だらけになった。私は一直線に海へと吸い寄せられ、意識は激しい波のうねりにすり潰された。

 どれだけの時間が経ったのだろうか。見覚えのある海岸に気球ごと打ち上げられていることに気づいた私。するとやはり見たことのある子どもたちが私の周りに群がり、それからまたもや見たことのある大人たちが私を介抱した。私は思い出した。ここはかつて、あのうるさいコンパスによって連れてこられた集落だということを。
 回復した私は、現地人に貴重なものを見せてやると言われて集落の中心に案内された。それこそが、自分が追い求めた宝物だった。なんということだ。あのコンパスは正しい場所に私を導いていたのだ。こんな場所に伝説の宝物はない、そんな私の先入観が真実を曇らせていたのだ。
 私はコンパスを作り直し、気球も修理した。そして現地人たちに礼を述べ、再び大空へ繰り出した。こんどはきっといい旅になるだろう。私はコンパスが指し示す方角に思いを馳せた。

最初に捨てられてしまったコンパスさんの行方が気になりますね。

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