『キセキ Vol.1ー20年前の手紙』

「あの娘は死んだよ。15年前。病気でさ。」
女は言う。

「そうか」
男は座って呟いた。グラスのウィスキーを一気に呷る。

「まだ、ろくに働いてないのかい?」
「いや、働いたさ。この20年、ずっと真面目にやっている」
「その飲んだくれのなりでかい?」

男は薄く笑った。

「働いてるなら、戻って来たってよかったんじゃない?」
女はため息まじりに言った。

「俺が許されるわけがねえ。黙って出ていったんだ。
 でも、あの娘の寝顔が、声がいつまでもここに張り付いている」
男は自分の頭を指差した
手を力なく床に落とす

「でも・・・もう、死んじまったんだな」
「カミサマよう・・・」

「今日は、これだけ渡しに来たよ」
女は男に一通の封書を手渡した。
宛先には男の名前が書いてあった。
男は黙って受け取る。

手紙を読んだ男は手を震わせた。

「これ、あの娘の…」
「そう、手紙。10年ぶりに部屋を整理していたら出てきたの
あなたへの手紙よ。」
女は言った。

「別に届けてやる義理はなかったんだけどさ。
 あの娘の気持を考えて。見つけるのに5年もかかっちまったよ。」

「なんだよ、もうキセキは起こっていたんじゃねえか」
男は膝をついた。涙をボロボロと流し
両の手で顔を覆い
空を仰いだ

「カミサマよう、カミサマ
 こんなどうしようもねえ男の願いまで聴いてちゃ忙しくて敵わねえだろうよ」
男は声を上げて泣いた

「ありがとう・・・ありがとう・・・」
「あの娘は、生きてるときにはそんなこと一言も言っていなかったのに
 その手紙には、あんたに会いたいって
 会って、新しい学校の制服を見せるんだって
 吹奏楽部でふけるようになったフルートを聞かせるんだって
 数学が苦手で教えてほしいんだって
 ・・・あの娘はとうの昔に
 あんたを許していたんだ
 私が、あんたを許せなかっただけで
 あの娘は、あんたを許してたんだ」

男は声を上げて泣いた
いつまでもいつまでも

女はそんな男を見下ろしていた
涙がこぼれないよう、
 空を仰いでいた

「あの娘に会ってやってよ
 きっと、待ってるからさ」

街に埋もれている
 小さなキセキの話

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