『キセキ Vol.2ー人の強さ』

「9年前、私の息子は、
 教会のボランティアで大きな地震があった外国の地に参りました。
 そこでは、多くの被災者のために物品を配ったり、
 医療活動に従事したそうです。

 ところが、息子は死にました。
 活動中に起きた余震で、
 見回りをしていた建物の倒壊に巻き込まれました。
 私は、冷たくなった息子を日本で迎えたのです。

 教会の神父様も息子の友人も
 息子は神の使命を果たしたのだと
 天の国に召されているはずだと
 おっしゃいました。

 でも、ダメなんです。
 私は、息子に生きていてほしかったんです。
 どうしても、どうしても、
 それがカミサマの意志に適う『良いこと』とは
 思えないのです。

 もし、それが神様の御意志なら
 私は神様を恨まずにはいられないのです。

 私は罪人なのです。
  どうしても、息子の死を、
 祝福されたものと・・・思えないのです。」

ご婦人は静かに涙を流しているようでした。

毎年、ご婦人はこの日に教会にいらして
 この話をしていきます
我々は何も言うことができません。
 ただ、神のご加護を、と祈ることしかできません。
それはご婦人の望む答えではないことはわかっていましたが、どうすることもできませんでした。
 
今年も、この日が参りました。
 ご婦人は10時に必ず参ります。

「10年前、私の息子は、
 教会のボランティアで大きな地震があった外国の地に参りました。
 そこでは、多くの被災者のために物品を配ったり、
 医療活動に従事したそうです。

 ところが、息子は死にました。
 活動中に起きた余震で、
 見回りをしていた建物の倒壊に巻き込まれました。
 私は、冷たくなった息子を日本で迎えたのです。」

10年間、変わらない話が続きます。

「先日、ホテルのレストランに参りました。」

違う話が始まったことに私は驚きました。

「そこで、突然、一人のヨーロッパ系と思われる男の子が
 喉を押さえて苦しみ始めました。
 顔面がみるみる蒼白になっている様子です。
 母親はうろたえ、私には分からない言葉を話しながら、
 その子を介抱しようとしていました。
 私はとっさに立ち上がり、その子に駆け寄りました。

 そしてその子をうつ伏せにして背中を叩いたのです。
 2〜3度叩くと、その子の口から大きな肉の塊が落ちました。
 そうしてその子は息を始めたのです」

ご婦人の顔はここからはうかがい知ることはできませんでした。
ただ、普段よりも少し声色が高く、口調が強いようでした。

「母親はその子を抱きしめました。
 そうして、私に向かって何度もお礼を述べているようでした。
 その後、父親と思しき人が参りました。
 母親から事情を聞いた父親は、
 日本語で私にこう言いました。

 『ありがとうございました。
  この子の命を救ってくださいました。
  あなたは神の御使です』

 父親は私の手を取りました。
 母親もその手に手を重ねました。」

一息つき、ご婦人はおっしゃいました。

「その母親は私にたどたどしい日本語で言いました。

 『ワタシは二度、
  日本の方にイノチを救われました。
  10年前に日本のセイネンに
  今、アナタに。

  ワタシは、日本に来ました。
  理由はイノチを助けてもらったからです。

  ワタシは、おレイを言います。
  あの時のセイネンには言うことができなかったから。

  理由は、セイネンは死んでしまったからです』」

「その女性は息子に命を救われた人だったのです。
 男の子を妊娠しているとき、
 建物から逃げ遅れていたところを、息子が救いました。

 その直後、建物が倒壊して、息子が死んだのです。

 息子が助けた命を、私がつなぎました。
 私は息子の死を無駄にしませんでした。」

少しの間、ご婦人は息をつき、
沈黙なさいました。

そして、そのままそっと、ご婦人は帰られました。

司祭様
 私はこれはキセキだと思うのです。

「一度、子が助けた人を、その母親が助けたという偶然をかね?」

違います。
 ご婦人はこんなにも過酷な思いをして、
 それでも人を救いました。

神は なんと人を強くお造りになったのだろうと。
 なんと、尊くお造りになったのだろうと。

私は、生涯このご婦人のことを忘れないでしょう。
 私には、これがキセキと思えるのです。

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