『キセキ Vol.4ー覚えていること』

ボクには帰る家がなかった。
 正確には、家は在っても、そこにいることができなかったのだ。

 できるだけ外で時間を潰してから、家に戻っていた。

ボクには話す人がいなかった。
 周囲に沢山の人はいたけれど、誰にも話すことができなかった。
 怖くて、話すことができなかった。

ボクの心は冷えていた。
 帰る家がない。
 誰にもつながっていない。

そんな脆弱な精神は、
 ほんの些細なきっかけで
 グラグラと揺れてしまうものだ。

きっかけはクラスメイトの一言だっただろうか。
 気持ち悪い、だったか
 へんだよね、だったか
蹴られたことだっただろうか
 突き飛ばされたことだっただろうか
 持ち物を隠されたことだっただろうか

そんな大したことではなかった気がするが
 ボクの気持ちは、十分に弱っていたので
 フラフラと崩れそうになっていた。

それでも、
 顔は笑っていたし、何も言わなかった。

ただ、たまに、無性に涙の出ない号泣をしたくなった。
 内臓を全て吐き出したいほどの吐き気に襲われた。

それでも、
 ボクは、独りだった。

ある日、放課後一人で教室に残っていた事があった。
 準備が遅かったのか、何か用事があったのか。
 とにかく、最後に一人になってしまった。
 そこに、何故か先生が来た。
 担任の先生。

「元気か?」

先生は、ボクに言った。
「普通に」
ボクは応えた。
「そうか・・・。なんかな、ずっと、気になっていてな。お前、元気ないなって。」
ボクの瞳孔はきっと1mmくらい大きくなっただろう。
「何かあったら、話してくれよ。何かできるかもしれない。一人になるな。」
その言葉にどう応えたか覚えていない。

ーああ、キセキだ・・・

ボクは思った
  誰にも言えなかったことを
 この人は気づいていたのだ。

ボクが目の前にいないときにも
 ボクのことを考えていたのだった。

それは、キセキにも等しかった。

冷え切っていた体に
 世界が急に暖かく感じられた。
 涙が、溢れそうになった。

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