『キセキ Vol.6ー金メダリスト』

「天宮選手には勝ってもらいたいんだ」
そう言いながら少年は僕の目を真っ直ぐ見た

そのころ、陸上選手としての
僕はスランプに陥っていた
2年前のオリンピックでの予選敗退後、
記録は全く伸びず
次の国際大会への出場も危ぶまれていた

僕の中で
走ることの意味が空回りしているようだった

その少年とは、ファンレターをきっかけに知り合った
「天宮選手にはオリンピックに行ってほしい」
「頑張って欲しい」
「僕が次の運動会で一位になったら
 天宮選手も頑張ってくれますか?」
とあった
そして、運動会の日時と場所が書いてあったのだ

僕は、その少年に会いに行った
少年は僕を見るとひとしきり興奮した様子で
握手を求めたり、
走り方のコツを聞いたりした

そして、最後に、言ったのだ
「天宮選手には勝ってもらいたいんだ」

僕は少年の徒競走を見ている
 なんで見ているのだろう?
 彼が一位になったら、僕は頑張れるのだろうか?

わからない
 でも、僕はここに来ていた

パン!と軽い号砲とともに
 少年を含めた6人の子供が走り出す
少年は出だしは好調のようだ

「僕は走るのがそんなに得意じゃなかった」
と少年は言った
「気が弱くて、よくいじめられていた」と

そんな時、オリンピックに出たときに流れた
 僕の生い立ちのVTRを見たのだそうだ
  僕も体が強くなかった
   父がそんな僕を心配して、ジョギングをさせた
   それが僕には向いていたらしく
   陸上の選手への道を歩み始めた
   高校生の頃、あと一歩でインターハイの出場権を逃した
   でも、その後、猛特訓をして次の大会では優勝をすることができた
そんな、内容だったと思う
少年は、その番組を見て、自分もジョギングを始めたのだという

そして、オリンピックで負けた、
 世間からも忘れかけられている僕を
それでも応援してくれていた

少年がコーナーを曲がる
 無理な態勢だ、と思ったその時
「あ!」
少年は転倒していた

少年は立ち上がり
 痛む足を手で押さえながら
 ゴールを目指す
結果は当然の最下位だった

張り直されたゴールテープを切ると、
 少年は肩を落として6位の旗の後ろに並んだ

「僕は天宮選手を見て勇気が出たんだ。
 僕が走って、僕が一番になったら
 天宮選手にもまた、オリンピックに出てほしいんだ」
そう言っていた少年

徒競走が終わったあと
僕は少年のところに行った
 少年は泣いていた

僕は彼の手を握った
 何故か僕も泣いていた

 いつからか
 僕は国のため
    勝つため
  そして、僕にかけられた期待を裏切らないため
 なんだかいろんなもののために走っていた
 なんのために走っているのか
  わからなくなっていた
 少年は、僕のために走っていた
 僕に勇気を与えるために
  
僕も、いつか、また少年の勇気になれるだろうか
 誰かの勇気になれるだろうか

僕は少年に言った
「いつか、君をオリンピック金メダリストのかけっこ教室に招待するよ
 約束だ
 君が走る姿を見て
  僕は勇気が出た
 君の走りは 僕に勇気をくれたんだ」

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