『冬の秋葉原』

⚫︎12/26 (金) 冬・朝

⚫︎雑居ビル立ち並ぶ街路

店前のイルミネーションを片付けてる二人の男性。段ボールに無造作に詰め込まれているイルミネーション。

吉辻「この切り替えの早いあたり日本人の底意地を感じますね。もう世間は正月モードっすもん。あ、このツリーの飾りも同じ箱です?」

宮戸「あー、適当に放り込んどいてくれ。
あ、でも綿は別の袋な、オーナー、綿が絡まるの嫌がるから」

吉辻「うぃ。つか毎年この片付け面倒いっすね。
いっその事、冬だけじゃ無くてずっとイルミネーション付けてた方が楽だし楽しくないっすか?」

宮戸「冬だからさ。冬は空気が乾燥してるから空気中の水蒸気の粒子が少ない分、光の散乱が少なくなってクリアに見えるんだ。物事にはちゃんと理由があるんだよ。」

吉辻「へー、よくわかんねーっすけど。俺はそんなのより夜で雨の日の電気街通りの方が良いっすね、ブレードランナーの世界みたいで!」

宮戸「まぁ、わからなくもない。よっと。
吉辻お前、まだそこの一本目だけかよ!」

吉辻「あはー、すいやせん。でもこの年末なると
虚しさつーんですかね、やるせ無い気持ちになるんすわ。」

宮部「お前はいつも頭が正月モードではないか。まったくだからオーナーにも..」

吉辻「おや、宮部さん。あちらにも正月モードな方がいらっしゃいますぜ」

指差す吉辻。
見上げる宮部。朝日が眩しい。
逆光を探り、雑居ビルの非常階段7階からタバコを蒸し空を茫然と眺めてるメイドのシルエット。

宮部「加賀!?あいつまた!ったく。
吉辻!先に上に戻ってるからな!」
宮部、2箱の段ボールを担ぎ非常階段をかける。

吉辻「ちょっと宮部さん!?置いてかないで..うおっとっと!」
吉辻イルミネーションを両手にふらつき、はしごの上でバランスを崩しそうになる。

⚫︎同・非常階段

一服蒸し加賀は呆然としていた。
柵を背に寄り掛かり仰向けに空を見上げる。
柵は老朽化により鈍い軋みが聞こえる。
構わず加賀は柵を越すほど身を限界まで投じていく。加賀の顔色は変わらず無表情だった。
加賀はスッと目を閉じる。

慌ただしく非常階段を登ってくる音に
気がつきぱっと目を開ける。

宮部「ぜぇ..ぜぇ...加賀!」
首元に汗を垂らした宮部が駆けつけた。

加賀「...ども、チーフ。」
めんどくさそうに声を出す加賀。

宮部「...前にも言ったけど、吸ってる時は柵から顔出すなっての、客に見られたらどうする?
しゃがんで吸えってか衣装着ながら吸うな!...
匂いつくだろ!」
宮部、息切れしながら。

加賀「チーフは冬の匂いって好き?」

宮部「なっ、なんだって?」

加賀「私は好き。特に朝。家の扉を開けた瞬間鼻にツンとくる寒さに開放感があって、見飽きた景色がこの瞬間だけ知らない世界に迷い込んだ気持ちにさせてくれるから好き」

宮部「...だったら。その手に持ってるのはいらんだろ?好きな空気が濁るぞ。」

加賀「これはいわば、逆マッチ売りの少女。
夢を見せてくれる煙りじゃなくて現実を見せてくれる煙り、蒸した煙りを重ねて見る世界のが私には、ちょうど良い。眩しいからここ(秋葉原)。」 

宮部「・・・お前」

加賀「このタバコの火は、メイドさんによる特別イルミネーションなんつって。チーフは目敏いなまったく。開店3分前なんで戻りますよ。」
タバコを消し、服をパンパンと払う加賀。

宮部「加賀、この時間ならまぁ、空見ながら吸ってもいいぞ。ただし、そこの柵には寄り掛かるな!...約束しろ。絶対に」

加賀は振り返らず、
加賀「...あはは、宮部さんは優しいんだ。じゃあ、柵からでないように、ちゃんと見張っててくださいね。」

賑やかな音楽と色鮮やかな催しの室内に入っていき扉が閉まる。ガチャン。

宮部「はーっ...」
(あの時、見えたのはタバコを吸ってるお前じゃなくて、頬を伝う一滴の水滴の光だったんだ。)
宮部「なーんで慌てて来ちまったんだろう。冬だからって、なんでもクリアに見えちまうってのも困りもんだな。」
柵に寄り掛かる宮部。軋む音。

エンド

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