『あなたへ』

「あなたの事が好きですか?」

あなたは私に訊ねてきましたね。初めて聞いた時は驚きのあまり、言葉を失いました。だって、そんなのありえないじゃないですか。自分の好きな人を、誰かに確認するなんて。それも、既に結婚が決まっている相手に対して問いかける質問では、到底ありません。

最初は冗談かと思って聞き流そうとしましたが、あなたは毎朝、訊ねます。まるで、私の事など忘れてしまっているように。記憶が全部、失くなっているかのように。

もうちょっと早く気づいてやれれば。後悔をしない日はありません。励ましてくれるあなたの言葉に私は、まさに何度も何度も助けられました。

頭の作りというものは、案外適当に出来てるんだな、とあなたを見ていると思います。だって、ちょっと回路が違うだけで、ある一部分が上手く働かないだけで、それだけでもう、あなたは普通の人間ではなくなってしまうのですから。その適当ぶりには腹を立てるところですが、怒りのぶつけどころが分かりません。あなたに怒っても、きっと次の日には忘れてしまうから、虚しさだけが残ります。しかも、その虚しさは積み重なる。その重みは、自分で背負わなければいけない。誰かに荷物を持ってもらうみたいに、そう簡単に移せる代物ではないのです。

こういう時こそ、何だよ、と思います。頭の作りは適当なくせに、記憶に関しては厳密なルールを作りやがって、と苛立ちが募ります。

だって、あなたとの思い出があまりに眩しすぎるから。その眩しさは、遠くの未来まで明るく照らし、過去になることによって、より美化されて記憶の中に残っています。あなたと喋った事、笑った事、ケンカしてお互い泣き疲れてしまった事。楽しかった事も嫌なことも記憶は一緒くたにしてしまう。それも、かけがえのないもの、というラベルを貼って、1つの思い出にしてしまう。

この仕打ちはあんまりだ。この記憶と共に生き続けるなんて、背負い続けるなんて、僕にはもう、もう、もう、限界です。

忘れるあなたに何を言っても忘れてしまうけど、それでもやっぱり言いたい事は
きちんと書いて、あなたへの想いに区切りをつけようと思います。

僕の事は、絶対に忘れてね。

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