『ドロップアウト』

6台並んだベッドが満員だ。
ここは大手のエステサロン。スタッフ6人いても
電話が鳴ったり、カウンセリングをしたりで人手不足だった。新規客がベンチに4人待っていた。白いガウンを着て 目は私達スタッフを責めるような目つきだった。直美は2番のベッドの顧客、木下様の施術をしている。背面の脚マッサージが終わった所で「ねぇ、もっと強くできないかしら?」かなりお体の大きなお客様にはマシンで振動を与えないと実感が薄いのだ。
「木下様、本日はマシンのおコースではなくて、ハンドマッサージをさせていただいております。
実感がなかなか得られないでしょうか。」
「だから、あなたの力不足でしょうに。もっと上手い人と変わってよ。」木下様はどんなスタッフにも難癖をつける。「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
直美は店長室に走った。ドアをノックしようとした時だ。「だからぁ〜、ハワイにしようよぉ〜」まただ。店長はカウンセリングの力だけでのぼりつめた人間で、直美より、4歳も歳下だ。最近できた彼と私用電話が目に余る。
コンコン!ノックして息をひそめた。
「ちょっと待ってて」店長が彼にヒソヒソ声で言っているのが聞こえた。
直美は、失礼します!と言って中に入った。
何の用?そんな顔をして直美を見た。
翌日、店長は勤務時間中突然消えた。
制服のまま、忽然と居なくなったのだ。
三時間後、しらっと帰って来た。
直美は勤務終了間近、店長室にノックもせずに入って行った。
ハワイの旅行本を見る店長の前に突っ立って
「店長、皆がどんなにキツイ仕事を
強いられているか、わかってます?昼休みも削り働きっぱなしで!」
堰を切ったように一気にまくし立てた。
「で?だから?私のカウンセリングのおかげじゃん。新規が多いのはさ。他の支店よりうちの売り上げがいいのは、私のおかげじゃん。」頭の中が真っ白になった。
直美は技術には定評があったがカウンセリングが苦手だった。この世界、カウンセリングができる人間が上になる。「だからと言って、何も告げず消えていいわけないんです!」
「彼にハンバーグ食べたいって言われたんだもん、作りに行っていたの。」
嘘つき。何をしていたかなんてわかる。
店長を平手打ちしたい衝動に駆られた。
「ごめん、、。」店長の目から涙が一筋流れた。
信じられない。事件だ。
「本当にごめん。」
話を聞くと、彼は鬱ですぐ死にたいと電話を掛けてくるので、励ましたくてハワイ旅行の話をしていたのだと。
急に消えたのも、今から死ぬと言われ、慌てて制服のままアパートに走ったのだと。
「でも、違うよね。こんな勝手なこと、ごめんなさい。」直美はお気楽そうな店長にそんなプライベートがあったのを知らなかったし、同情もした。心を鬼にし、こう言った。「わかりました。
ですが、皆それぞれ仕事中はお客様第一で考えています。店長がそれでは、私達はついていけません。」
翌日、マネージャーから店長が長期休暇に入るからと告げられた。
だいたい長期休暇は殆ど退職組になる。昨日の一件が原因か。直美は店長の事が気になった。
この前の木下様も蛍光灯がチラついていて設備が行き届いていない、という理由で解約された。
皆、勝手である。
「ねー、待ってよー!」
直美が一番苦手な真由子が走って来る。
いつも直美を駅前のジェラード店に誘う。
レズっ気があり、直美は二人きりになることを避けていた。
思いっきり走って下りの電車に飛び乗った。
息を切らし、突然笑えてきた。
人がおかしなものでも見るように一斉に直美を見た。
自分はまともだと自負して来たが、この車両の人々から見たら 完全にドロップアウトした人間になっていた。

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