『へんたい美青年とふつうの少女』

美青年の科学者と少女の地球人がいた。
少女は、彼をせんせいと呼ぶ。
彼女いわく、彼は変態。
珍しい外星人が大好きで、ゲテモノ好き。
少女もその一環で研究対象とされている。
彼女は病室のような個室から一歩も出ることが出来ない。
備え付けのベッドの上に寝かせられている。
「せんせい」は毎日のように彼女のもとを訪れる。

ある日、少女は言う。
せんせいは、変態だ。わたしに恥ずかしいことも苦しいこともした。それはわたしのことが好きだからじゃなくて、珍しい宇宙人が好きだからってだけ。そしてわたし以外にも、好きな宇宙人は大勢いるんだよね。
ずるいよ。「好き」を一方的に振りまいて。わたしにはあなたを「好き」になることも「嫌い」になることも許されていないのに。
「せんせい」はハッとして、ばつの悪そうな顔をしながら少女をやさしくいだくと頭を撫でた。

それからしばらくした日、少女は言う。
ヘッドギアを外したいの、せんせい。
「せんせい」は狼狽え、それは我々と可視光線も可聴域も異なる君のためにしつらえたものだ、それにわかっているだろう、僕はきみにとって醜いものだということを、と諭す。
しかし少女は、
それでも生でせんせいを見たいの。せんせいを聴きたいの。
そう言うとヘッドギアを外した。
少女の瞳はまっすぐ「せんせい」の姿を捉え、
少女の耳へ細切れの雑音が届き、そして、
少女の喉からは言葉にならない声が響いた。

自らの手では外せない、ヘルメットのようなギアと人工呼吸器のマスクを装着され、ベッドに横たわる少女。
「やさしそうなじょせいをおもいうかべてください」
少女の耳に聞こえる音声。
目を開くと、研究者らしき女性が椅子に座ってこちらを見ている。
せんせいはどこ?
せんせいは、病気でしばらく来られないの。
そう……せんせいには謝らないと行けないから、早く会いたいのだけど。やっぱり、わたしは外に出てはいけないのかな。
ごめんなさいね。そういう決まりだから。
新しい研究者のことを、少女は「せんせい」とは呼ばず、名前で呼んだ。
変態的ではなかったしやさしい人ではあったが、どこかよそよそしさを感じていた。
本当はあの時の自分のような本能的な恐怖感を相手も持っているのかもしれない。それならば、彼女の態度も、外に出ていけない規則も、納得がいくというものだ。
あなたは、せんせいのことを知っているの?
ええ、私は彼の後輩よ。直接会ったのはつい最近のことだけど。
ふうん、それではあまり知らないの?
そうね、彼は惑星探査によく同行していたし、帰ってきても研究室にこもっていたから。
惑星探査……例えば、地球とか。
少女は皮肉っぽく笑った。自分は地球から攫われて、ずっとここに実験体として閉じ込められているのだから。
しかし研究者は皮肉を受け取らなかったかのように続けた。
もちろんそうね。彼があなたを連れて帰ってきた時は驚いたわ。まさか地球人の生き残りが見つかるなんて……。
生き残りが見つかる? 自分は家族と自動車で出かけた帰りに攫われて、気がつけばここにいたはずだ。おかしい。なにか、互いに勘違いをしている。少女は詳しく問いただす。
その時のことを、あのひとはなんてーー?

「せんせい」は小型飛行装置を駆り地表近くを飛んでいた。
彼の目に止まったのは氷漬けになった自動車の残骸だった。
飛び散った肉片ごと、この氷結した地面に埋まっていた。
同乗員は肉片に目を奪われていたが、「せんせい」は自動車を引き上げた。
氷を融かし、軋む自動車を慎重に裁断していく。
中にはひどく損壊した死体、そして小さい体の持ち主をかばうように抱く死体があった。
「せんせい」はそっと、死体を幼子から引き剥がそうとするもびくともしない。しかたなく力を入れると、死体の腕はもろく崩れ落ちた。
「ああ」
肉片を拾い見続けていた同乗員に「せんせい」は声を掛ける。
「この子を連れ帰る」
「ええ、こっちの死体じゃないんすか。キラキラして綺麗なのに、もったいねえ。そもそもそんなバケモンみたいなの、生きてるんすかね」
「それをこれから調べるのが主目的だろう。お前は肉拾いに来たのか。彼らのことは埋め戻す」
「一欠けくらいいいじゃあねえかよう」
呆れた「せんせい」は飛行装置をカンカンと叩きながら。
「キャリーオーバーだ」
そして幼子を品質保持用ボックスに詰めると、「せんせい」たちは停泊中の探査船へと戻ったのだった。
幼い地球人は保存状態がよく、見事に息を吹き返した。
しかし「せんせい」は悩んだ。文明の解析すら完了していないというのに、どうやって意思疎通を図るべきか。そして彼らの生体は醜く死体は美しく見える我々と相対すれば、おそらくその子も気分を害する。
ひとまず幼子には何も見えず聞こえもしないようにブランクのヘッドギアを取り付けた。そして必死で地球文明の研究者にかけあい、地球人に最適な視界と音を提供するためのソフトをインストールした。
「やさしそうなだんせいをおもいうかべてください」
視界と音を奪われたままの地球人の幼子の耳に合成音声が響く。思わずそのとおりにすると、開けた視界の中に柔和な顔つきのうつくしいヒトの姿があった。
「こんにちは。おはよう、かな。僕のことは先生と呼んでくれて構わない。きみの主治医さ」

そうか、ああ、ああ。せんせいは。
ずっと、はじめからわたしのことを考えてくれていたんだ。
本当のことを言わず、不信感を与え。
露悪的にふるまい、好かれないようにしていたのも。
でも、わたしが台無しにしてしまった。
わたしに、好き嫌いの選択肢なんて許されていなかった。
どちらも許されていなかったのだから。
一度死んだ時点でわたしは終わった。今のわたしはせんせいのものなのだから、せんせいに従ってさえいればよかった。
なぜ、せんせいは病気になって来れなくなった?
わたしは、せんせいを壊してしまった?

せんせいは……せんせいは醜いわたしのせいで病気になったの?
少女は泣きそうな顔で問う。研究者は頭を振る。
あなたを守るために戦ってーー少し疲れてしまっただけなの。
質問が間違っていた。自分が正気を失い倒れていた間、うっすらと聞こえたのだ。聞き覚えのある雑音が、廊下で怒鳴るように叫ぶように響いていたのが。そして別の雑音たちとともに遠ざかっていったのが。
きっと、問題を起こしたとして担当から外され、抵抗するせんせいは病人として病院に閉じ込められているのだ。
しかしそれを目の前の彼女に投げかけたとて、彼女も自分か「せんせい」のため嘘をついているのであろうから無意味である。

わたし、もう迷惑かけません。
いつかせんせいが治ったら、会わせて下さい。
いえ、いっそ「手紙」を送ります。文字が書けなくとも、声と脳波を送ればわかってくれますものね。
少女はとびきりの愛想笑いをした。

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