「世界は悲劇を求めてるの」
物言わぬ月光を横顔に浴びて、大人びた微笑は仄かに綻ぶ。
潮騒を呑み込んだ夜の九十九里浜、長い砂浜に続く二人分の足跡。
じゃれるような波打ち際に裸足を遊ばせながら、彼女はふと…自嘲するように口元を歪めた。
「…悲劇?」
「そう。思い出してみて、貴方の心に残った物語を。…どれも悲しいお話でしょう?幸せな物語なんてつまらない。世界はもっと…悲しくないといけない」
そう、まるで…深い悲哀の底に沈むように。
虚ろな瞳が映す海は、雲一つない月夜と交ざり会って融け合って、凪いだ地平線の向こうへと消えて行く。
小さな呟きと共に溜め息が零れた直後…不意に吹き抜けた一陣の風が、彼女の麦わら帽子を攫って白いワンピースをはためかせる。
潮風に揺れる長い黒髪はまるで…泡となって消える前の人魚のヒレのようで。
「悲哀があるからこそ物語に色が付く…だから私は悲劇を求めるの」
夜の海を見つめたまま、泡沫の唇は消え入りそうに言葉を綴る。
陶器のような頬に流れた涙が、悲哀に濡れて月影に煌めいていた。
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