『私は誰だ』

「私は誰だ」
そう鏡に問いかける。
いつかネットで見た知識。
鑑に向かって自己を問いかけ続けると、やがて自我すらもあやふやになる。
自殺も、リストカットも勇気が出なかった私が、唯一出来る自傷行為。

「私は誰だ」
問いかけを続ける。
思えば、自身のことなんてなにも考えたこともなかった。
生まれてこの方、自分のことなんて考えたくもなかったし。

「私は誰だ」
私はきっと弱虫で

「私は誰だ」
臆病で

「私は誰だ」
誰からも愛されない人間だ

携帯からアラームが鳴る
もうバイトの時間だ。
今日の自傷行為はこれくらいにして、浮世で小銭を稼いでこよう。

バイトは最悪だ。
やる気のない店長、サボることばかり考えてい先輩。
後輩はそんな先輩に倣うかのように携帯を触っている。
マジメに働いているのは私だけ。
ほんと、嫌になる。

無気力になって自宅に帰ると、部屋がめちゃくちゃに荒らされていた。
こんなこと初めてだったから、どうすればいいかわからなかったけど、とりあえず友人に相談することにした。

警察は友達が呼んでくれて、現場検証とかの手筈も整えてくれた。
警官にはいろいろ話を聞かれたけど、特に身に覚えがなかったので、簡単に事情を説明するだけで終わった。

友人が提案してくれたのは、監視カメラを部屋につけること。
またいつ部屋が荒らされるかもわからないし、一度空き巣に入られた家はまた被害に遭いやすいからだそうだ。
そう語る友人の顔は、なにか隠し事をしているようにも思えた。

目覚ましの音で目が覚める。
空き巣に入られた当日であるというのに、こうもすやすやと寝られる自分の肝っ玉にも驚いたが
今日も今日とて、何も変わらない一日が始まると考えれば、当たり前なような気もする。

「私は誰だ」
鑑に向かって問いかける。

「私は誰だ」
わたしは矮小な人間で

「私は誰だ」
もはやこの世から消えてしまいたいくらい

「私は誰だ」
ちっぽけな人間だ

いつもの自傷行為なのに、頬を涙が伝った。
携帯のアラームによって現実に引き戻された私は、いつものように出勤の準備をする。

そしていつも通りの仕事を終えて帰宅すると、部屋がまた荒らされていた。

若干の恐怖と驚き。
友人に連絡するとともに、私は友人が仕掛けた監視カメラの映像をチェックすることにした。

今日一日でなにがあったのか。
そこには意外な人物が映っていた。

朝の日課を終えた私が、脱力して床に倒れこんでいた。
そして、むくりと起き上がると、部屋をめちゃくちゃに荒らす。
私の存在を否定するかのように、入念に、入念に。

そして、監視カメラに向かってきた。

「聞こえているかい私。」
驚きを隠せなかった。
「君はいつも自分の存在を疑問に思っているね。」
そうではない、これは自傷行為だ。
「君はこれが自傷行為の一環だと思っているだろう。」
その通りだ。それ以外の何物でもない。
「でも、なぜこの方法を選んだのかな?他にも自傷行為ならいっぱいあるのにさ。」
これが唯一、自分の勇気でできることだから。
「君も気付いているんだよ。僕の存在に。確信ではないにせよ、うすうすとね。」
そんなこと、思ったこともない。

「鏡に向かって「私は誰だ」と問う君に答えよう。」
これ以上、見てはいけない気がする。

「僕は、僕だ。君じゃない。」
「君の弱さが生んだ、もう一人の人格さ。」
「つらかったよ、君はいつも「しんどいとき」に限って僕を呼ぶからさ。」
「君にも覚えがあるだろう?気付かない間に頬にあざができていたりさ。」
「それは、僕がうけたキズだよ。君が逃げたから、僕がうけざるを得なかった。」
「もううんざりなんだよ、君のつらいときばかり呼び出されるのはね。」
「だから、君がこの儀式を始めてくれた時、とっても嬉しかったよ!」
言葉が出なかった。

「だからさ、もういいよね?」
「君の体、僕にちょうだいよ。」
「いままで、一生懸命君のために耐えてきたんだよ。」
「だからさ、君の体、僕にちょうだい。」

その言葉を聞いた途端、激しい頭痛が私を襲った。
頭が割れそうだった。
そして、自分の存在が揺らいでいく感覚がした。
いままでの思い出とか、そういったものがすべて溶けていくような気がして。
思考力とか、心とか、なにもかもなくなっていく。
いやだ、きえたくない―――

「おーい、双葉、大丈夫か?」
私の友人が心配して、玄関のチャイムを鳴らす。
「ああ、ごめんごめん、なんでもなかったよ。」
友人は苦い顔をして、こう言った。
「そうは見えないけど、本当に?」
私は自信満々にこう答えた。

「うん、僕はもう平気だよ。」

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