『コーヒーの味は分かりますか』

今日は定時で帰れそうだな。

木下竹次は口には出さないまま仕事を出来るだけ明日に残さないように手を早めた。

彼は今年で二十八になるそこそこ名前が知れている会社勤めのサラリーマン。中学、高校、大学と楽しみながらも自分の実力で届くレベルを設定して無難に生きて来た。

大学までは良かった。歓迎会やゼミで友人が出来てサークルにたまに顔を出して単位を取る。夏休みは女友達も含む数名で沖縄に旅行に行った。文化祭はサークル主催のに参加し、他の屋台を冷やかしたりしながら巡っていった。クリスマスは一ヶ月前に出来た彼女とデートして熱い夜を過ごした。

大学生活を楽しみながら就職も楽々、とまではいかなかったが、名前が通る会社に受かり、新卒として入社した。

問題は入社してから、上司に顎に使われるのは日常茶飯事。会社にも慣れて来て早く出勤して定時に帰れるように働こうとしてもおかわりっていう感じに次々に仕事が重なってくる。

上司とは仲が良いわけではないため断れず、いつのまにか会社と家に行き来するだけの生活に。ただ彼はこの生活は嫌だと思っていなかった。働いたら当たり前、社会人だから当たり前だと。

会社に泊まり込みも増え、休日出勤も増えていく。体調を崩し高熱が出ても会社に行こうとする始末。
付き合っていた恋人にもこれ以上は付き合生きれないとフラれ、気持ちを改めて仕事に打ち込むも定時に帰れる日の方が少なくなっていた。

休日も趣味のツーリングに行く元気もなく、1日寝てたら終わってしまう。掲示板サイトを見つけ色々見てみるもどこも自分みたいな愚痴ばかり。

幸い給料は税金やら食費やら生活費にも引かれても一人暮らしの楽しめる額は貰っていた。 このままだと危ないと感じた彼はせめて食べるものはこだわろうと考え一年前からコーヒーにハマっている。

休みが少ないためハマっていると言っても豆から買ったりする時間はない。なので缶コーヒー。お手軽、自動販売機に硬貨を入れるだけですぐ飲める。色々飲み比べて黄金の微糖シリーズをよく飲むようになった。

仕事を終え無事定時に帰ることが出来た。竹次はこのまま帰宅してコンビニ弁当で済ますだけなのは悲しいと思い、最寄り駅にあった喫茶店に入ることにした。

大学生の頃はゼミの発表の打ち合わせしたり、一人で来てスマートフォンをいじったりしていた。 あの頃が懐かしいと振り返りながら竹次は窓際のテーブル席に座り、アイスコーヒーのSサイズとショートケーキを店員に注文した。

注文のものを持ってくる店員の言葉に見向きをせず、黙々とショートケーキを食べて行く。 食べながら飲んだコーヒーの味は自分の大好きな黄金の微糖と同じ味だったので気に入り、また来ようかなとか彼はお会計を済まし、喫茶店を後にした。

そして家に向かう帰り道を歩いて行った。笑顔を浮かべながら明日はとても良い日になりそうだと思いながら。

個人の幸せは人それぞれ、たとえそのお店がチェーン店と呼ばれるお店だったこと。注文したコーヒーの味は彼のよく飲んでいるものとはまったく異なっていたこと。

もしこのことを友人が知っていたら竹次に失ったものが多いと忠告したかも知れない。しかし彼の頭の中には明日のこと、仕事のことで埋め尽くされていた。

ホッとする話とは違いますが書いてみました。極端な内容かもしれません。