『どうしても眠れない夜に』

何をやってもダメなときってある。

目を瞑ってじっとしていても、寝返りをうってみても、アイマスクを着けてみても、蜂蜜入りのホットミルクを飲んでみても。
私は寝ることすらできないのかしら。
清潔なパジャマに包まれた体はじっとりと疲れているのに目だけはやたらと冴えていて、やめておけばいいのに頭のなかでは今日の失敗を繰返し再生してしまう。
叫びだしたいけれど、勿論叫べない。
もう日付も変わる時間だ。みんな寝静まる静謐な夜。こんな夜に眠れる権利を放棄する輩なんて、私の嫌いなネオン街の住民か、このまま眠れなくなった私の成れの果てしかきっといない。
なんだか泣きそうだ。泣くのは疲れるからきっと眠れる。でも私は我慢した。泣きたくなかった。
泣いたところで何も変わらないことを私は知っている。今日失敗したことがチャラになったりドラマの主人公みたいに気持ちが切り替わったりしない。泣いたら孤独になるだけなのだ。眠れない今よりもっとひとりきりになる。それがわかるから泣きたくないのに、ぼろぼろ両の目から涙が溢れでた。
どうせ独りよ。泣いているとどうしようもなく悲しくなる。そして悲しい理由は次第に曖昧になる。悲しいのは、今日何もうまくいかなかったからなのか、泣いているのに誰も慰めてくれないからなのか、慰めなんてあったとしても私は悲しくなるのだと気づいてしまったからなのか。

冷めきったホットミルクの表面がゆれる。月明かりに照らされて青みを帯び、得体の知れない液体にみえてくる。
これを飲んだら死なないかしら。
不思議な、あるいは自棄になって奇怪な気持ちになってくる。これはただの冷えた牛乳だし、本当に死にたいなんて思っていない。だから、これはおかしな夜の現実逃避で、明日の私はこれを平気で否定する。
冷えた甘ったるい牛乳をゆっくり飲み干した。当然死ななかった。ぼやけた視界、朧気な思考回路、やっと眠りの世界が私を迎えに来た。
明日起きたらきっと真っ赤な瞼と山積みの仕事が待っている。でもさよなら。どうしようもなくうまく行かない今日の私。

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