『はじめての魔法』

 むかしむかし、あるところにお姫様がおりました。
 彼女は幼いころに母親をなくし、父親に蝶よ花よと愛でられながら育ったのです。歌に踊りに読み書きに。お姫様はなんでもできる人になりつつありました。
 ただ、心の中に亡き母親の言葉が、はっきり残っていたのです。
「いいかい。何事も『はじめて』は一回だけ。特に女の子のはじめてには、魔法がかかるの。あなたもいつか素敵な人と一緒になる。その時はよくよく考えて、選びなさい」と。

 年頃になってもお姫様は変わらず一人きりでした。
 彼女に結婚を申し込む男の人はたくさんいましたが、父親がふるいにかけて、落としてしまうのです。
 父親の眼鏡にかなったわずかな男たちも、今度はお姫様自身に、拒まれてしまうのです。
 いざ声をかけたり、手を取ろうとしたりすると、お姫様は「いやいや」をする子供のように、身体を大きく左右に振りながら叫ぶのです。
「寄らないで、汚らわしい。あなたからこちらに来るなんて、はしたない男。あなたはただ、わたしのいうことだけを聞いてくれればいいの。他に何も必要ないの」
 お姫様はとても慎重でした。
 自分がいつも扱っている道具のように、思い通りに動いてくれるか。それが彼女にとって、何より大切な基準だったのです。
 たった一度のはじめての結婚。半端な男を選ぶわけにはいきません。
 無礼な男を放りだして、部屋に戻るとき、お姫様はベッドの上に置いてある、かごの中に詰まったりんごを一つ取り出しては、しゃくりと一口だけかじり、いつもすぐに捨ててしまいます。
 小さい頃から、お姫様はりんごが好きでした。しかし、どんなにおいしくても、はじめての一口が終われば、あとは味に慣れて飽きていくばかり。それがたまらなく嫌だったのです。

 男たちを袖にし続ける一方で、美しい音楽や文章を紡ぎ出すお姫様は、とうとう王子様の目にもとまり、求婚をされたのです。
 父親は申し出を受けるように、きつくお姫様に言いつけましたが、お姫様は王子様を嫌いました。嘘をつきたくないお姫様は、あろうことか、王子様に向かって、はっきりと断りの言葉を伝えてしまったのです。
 王子様はかんかんに怒りました。父親を始めとする召使い一同がそろって頭を下げましたが、すでに遅く、お姫様の家は即刻取り潰されることが決まってしまったのです。
 お姫様はその場で捕まりそうになりましたが、父親たちが必死にかばってくれたおかげで、どうにかその場を逃げおおせたのでした。

 夢中で町の外に出たお姫様でしたが、どこに行けばいいか、分かりません。大切に育てられた彼女は、町の外の景色を初めて見たのですから。
 彼女は家の広い庭にある雑木林と似た、森の中へ体を滑り込ませましたが、手入れがされているわけではありません。無造作に生えた枝とそのとげに、服も顔も手足も、どんどん傷つけられていきます。
 慣れていない痛みに、とうとうお姫様はうずくまってしまいました。
「痛い。痛い。助けて。誰でもいいから、助けて……」
 お姫様は、かつて言い寄ってきた男たちの言葉とまなざしを思い出しながら、涙ぐみます。
「ならば、私たちが助けになりましょう」
 男の声。お姫様が顔を上げると、いつの間に現れたのか、赤一色の服と帽子を身に着けた男たちが自分を囲んでいます。
「その代わり、これからずっと私たちと一緒にいてください。それが一度、あなたに捨てられた、私たちの願いです」
 お姫様は、彼らの顔をまじまじと見つめましたが、ほどなく背後から木々をかき分ける音が聞こえてきます。追っ手かも知れません。
「本当に助けてくださるの?」
 すがるような声を出すお姫様に、男たちは迷いなくうなずき、一人が手を差し伸べてきます。お姫様はその手を取ると、彼らと一緒に森の奥へと消えていったのです。

 数日後。お姫様は森の奥にある、見上げるほどに大きい木の幹に寄りかかり、安らかな表情のまま、息を引き取っておりました。
 彼女の周りには、赤いリンゴがいくつもいくつも、囲むように転がっています。それらはいずれも、一口だけかじられたものばかりだったとか。

>>ミックジャギーさん コメントありがとうございます! 筆に任せたら、おとなの童話? チックな話になってしまいました! はじめての魔法、思わぬ効果を生み出してしまったようです……。