『伝説の格闘家』

 ある海に面した村に、一人の自称格闘家がいた。その男は、毎日の仕事もほどほどに酒を飲み、武者修行をしていたと法螺をふいていた。それだけなら村人も、「働かない怠け者」として扱うだけで済むが、この格闘家はたまに、全員にとって無視するわけにはいかない嘘をつく。
「この雲の流れだと……明日の漁は嵐ですなー。漁を明後日にして、明日は各自で家の補強なんかをしたほうがいいでしょう」
 その日の天候が曇りであったため、村人たちは疑いたくても疑うことができなかった。仮に嘘だと思い込んで、明日船を出したとき、実際に嵐だったら大損害だからである。結局、次の日には曇りが続くだけで、嵐など来なかった。どんなに格闘家を責めても本人は知らぬ顔、村人たちは全員困り果てていた。
 ある日のこと、格闘家のいる村に一人の旅人がやってきた。村人たちは彼が面白い話を求めてきたため、格闘家の話をし始めた。
「あいつはこの前『俺は海を割ることが出来る!割った海を見てみると、座礁した船なんかがたくさんあるんだ』とか言ってたな」
 すると、旅人は無邪気に、格闘家に実際に会ってみたいと言うので、村人たちも騙される姿が見たくて格闘家の家を教えてしまった。
 旅人が格闘家の家を訪ね、武者修行の話を聞きたいと聞くと、格闘家は嬉しそうに話しはじめた。そして、海を割る話をし始めたところで旅人は一つ尋ねた。
「海を割った話をしていますが、私が旅をした限り割れた海という物を見たことがありません……」
 旅人の問いに、格闘家はどうやって誤魔化すか迷っていたが旅人は話始めた。
「つまり、貴方は『海を割る』だけではなく、『割った海を戻す』ことまで出来るのですよね?」
 自分の嘘がバレないと分かった格闘家はホッとしながら、『割った海を戻す話』まで話始めた。それを一通り聞いた後、旅人は格闘家に
「少し海まで行きませんか?」
 いい気分だった格闘家はそれを二つ返事で了承した。
 海に着いた時、格闘家は「割って見せてください」と言われるのではないかとビクビクしていたが、そんなことは無かった。旅人が上半身の服を脱ぎ始めたのだ。細身の身体に対して、限界まで身に着けたような筋肉に、格闘家が驚いていると、突然、旅人が奇声と同時に腕を振り上げたのだ。すると、海が遥か彼方まで真っ二つになり、水の無くなった所では魚がピチピチ飛び跳ねていた。腰を抜かした格闘家に対して、旅人は目も向けず、割れた海それぞれに手を突っ込むと、また奇声を上げながら、離れていた両手を合わせた。すると、海は元どおりになっていた。もう声も出ない格闘家に対して、旅人は耳元で小さく
「私も貴方と同じ武者修行中の身です。次に貴方が嘘をついたら……今度、全力で組手でもしましょう」
 そのまま、旅人は去っていった。
 次の日から格闘家は嘘をつかなくなった。それでも村人は彼を嘘つきだと思っている。それでも、村人たちにとって迷惑な嘘だけはつかなくなったから村人たちは気にしなかった。
「本当に見たんだよ、海を割ったかと思えばそれを元どおりにした男を!」

オチまで秀逸です!面白かったです!