『シブヤ・デイドリーミングライト』

 伸ばした手の隙間から差し込む光…眠い目を擦るように微睡んだそれは、白昼夢を揺蕩うような心地良さと共に、鮮やかに彩られた渋谷の街を淡く染め上げる。

「ねえねえ、今日は何して遊ぶ?」
 仄かに花をつけた桜の木の下…棒付きの飴を舐める彼女は、首を傾げるようにこちらを見上げて僕の袖をくいくいと引っ張った。
 目深に被ったフードから覗く、くりくりとした2つの目。真横に並ぶハチ公よりも低いそれは、視線の先で花開いた満開の桜の枝を映していて。
「…道玄坂でも歩こうか?駅前はちょっと人が多すぎ…」
「分かってないなあ、まずはスクランブルと109でしょ?まあ…そうだね、道玄坂はその後に行こうよ。私図書館行きたいし」
 ここも大分人が集まって来たしね、という悪戯っぽい笑みの直後、パーカーに隠れた小さな手がじゃあ行こっかと僕を連れ出す。
 折角桜綺麗だったのに…と引っ張られるままに独りごちれば、後で目黒にも行こっかと大人びた笑いが返って来た。

「…ねえ。私、渋谷が好きだよ。この街には毎日違うファンタジーが溢れてて、『退屈』なんて無いんだもん。まるで迷路に迷い込んだみたいに…ううん、淡いパレットの上でよろめいているみたいに、夢見心地のままどんどん溺れて行くの」
 いつの間にか隣に並んでいた彼女は、先程まで舐めていたはずの飴を見詰めてふと…何気無さそうに呟いた。
 …どう見てもペロペロキャンディなんだけど、ロリポップって言わないといつも怒るんだよな。苺味なのかやけに毒々しい色をしたそれは、白い渦と交ざり合って中心に吸い寄せられて…収束した所でまた彼女の小さな舌が渦を溶かすように這う。
「『サブリミナル効果』って知ってる?潜在意識に刷り込まれた情報に自然に従っちゃう事なんだけど…多分ね、君と初めて渋谷を歩いた時に、この街に魅入られちゃったんだと思う。…好きなんだ、この感じ。ふわふわしてて、キラキラしてて…時々鮮やかにギラついたりするの」

 まるで、飴玉が溶けるみたいにね。

 ふわりと微笑んだ彼女の手の中で、桃色と白の渦巻き模様は、白昼に滲む渋谷の光に少しだけ色を変えてみせた。

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